秋色が日に日に深まり、草木が命をつなぐ実りの季節となりました。このよき日に、戴帽式を迎えられた看護科第9期生67名の皆さん、おめでとうございます。
本日、ここにご来賓の皆様のご臨席を賜り、戴帽式を挙行できますことは大きな喜びです。保護者の皆様におかれましては、「戴帽」という節目の日を迎えられたことに感慨もひとしおと存じます。高いところからではございますが、心よりお礼申し上げます。
戴帽式は、これから本格的に「看護の道」を歩み始めようとする皆さんが、「近代看護教育の母」と呼ばれるフローレンス・ナイチンゲールの精神を受け継ぐ場です。ナイチンゲールが生きた時代は、看護師はおろか現在の様な病院もなく、貧しい者は不衛生な環境の下で死んでいくしかありませんでした。1854年、クリミア戦争における負傷兵への悲惨な扱いを知ったナイチンゲールは、自ら志願して戦場に向かいます。一目で看護師であると識別できるように白いキャップをかぶり、傷ついた兵士を救おうと、ひざまずいたまま何時間も包帯の交換をし、夜はランプに火を灯し、患者を診て回りました。戴帽式のキャンドルへの灯火には、身分や貧富の差にとらわれず誠実に患者と向き合う「看護の精神」を受け継ぐ意味があります。
ナイチンゲールが亡くなって一世紀、時代こそ変わりましたが、看護師は未知のウイスルとの闘いにおいて病める人を守る最前線にいます。250名を超える本校卒業生も頑張っていることでしょう。1年半を振り返り、気持ちの込められた“決意”をしたみなさん、戴帽を機に「どんな看護を目指すのか」を熟慮し、先輩たちに続いてください。
それを考えるに当たって、私自身の体験を少しお話します。実は6月、義父がコロナ病棟で亡くなりました。コロナの辛さは大切な人に会うことができない辛さです。やっと会える時は死を迎える間際だという残酷さです。
1年前に老人ホームに入所した父は、老衰が進み寝たきりになりました。そんな折、別の老人ホームに転居するためにPCR検査を受けたところ予想もしなかった陽性反応がでました。老衰の中での肺炎。祈るような気持で回復の連絡を待ちましたが、病院から届いた知らせは「状態が悪くて長くはもたないと思います。さらに悪化した時は面会に来てもらいます」というものでした。絶望的な気持ちで一夜を過ごし、不可能だとおもいつつ面会のお願いをしてみました。有難いことに許可が下り、厳重な防護服に身を包み、コロナ病棟に入りました。わずか10分でしたが眼を閉じたままの父と面会することができました。
さらに病棟への持ち込みは無理と知りつつ、「結婚祝いのお返しに娘が買ったパジャマと家族の写真をベッドの横に置いてやってもらえないでしょうか」とお願いしたところ、これも看護師さんが受け入れてくれました。帰宅後、「写真を撮ったのでアドレスを教えてください」と電話があり、メールを開きました。家族の写真を胸にパジャマ姿に着替えさせてもらった父の写真が添付されていました。コロナで何もかも無理だろうと思っていた中での対応でした。涙が溢れてきました。走り回るほど忙しい状況にも関わらず患者と家族のために、心の通った対応をしてもらえたことに救われました。
家族にとって、看護師は大切な人を託せる唯一無二の存在です。家族にとって看護師が全てなのです。数日後、病院から「いよいよ危ない」との連絡を受けました。駆け付けた時は手遅れでした。妻は「人生の最後を独りぼっちで逝かせてしまってごめんなさい。ごめんなさい」と泣き崩れましたが、父は1人で逝ったのではありません。そこに看護師がいてくれました。父を思い寄り添ってくれた看護師がいてくれたと信じています。看護師を志すみなさん、その崇高な使命を理解し、自覚と誇り、そして高い倫理観を持って歩んでいってください。
臨地実習の学びは、厳しさと共にあなた達を大きく成長させてくれるでしょう。3月の修了式で答辞を読み上げた5期生のTさんは、このように語っています。
「ほんとにたくさんの方との出会いがあった。意識のない患者さん、精神疾患を抱える患者さん、もう死にたいと泣かれるおばあちゃん、自分の人生に満足し笑顔で死ねると語られるおじいちゃん…。一人一人に、今まで歩んでこられた人生があり、背景があった。その人だから言える大切な言葉、大切な思いに触れることができた。これらの体験はかけがえのない私の宝物。実習の最後に『ありがとう。あなたに出会えてよかった』と言ってもらえた時は、かえがたい感動と患者さんのために最善を尽くして関われた誇らしい思いで一杯になった」
これから続く道のりは決して平坦ではありませんが、原点となる看護師への思いを太く大きくしていってください。そしてここにいる仲間と支えあい、励まし合いながら、困難を乗り越えていってください。世界がコロナ禍に見舞われる中、この戴帽式が、命の重みを受け止め、人の苦しみ、悲しみに寄り添える看護師に自らを高める機会にならんことを期待します。私たち教職員も共に歩んでいく覚悟です。
最後になりますが、ご来賓の皆様、ご多用の中曲げてご臨席賜りましたことをお礼申し上げますと共に、まだまだ未熟な存在である生徒たちへの温かい御指導とご鞭撻をお願い致しまして、式辞とさせていただきます。
2022年10月29日 大阪暁光高等学校 校長 谷山 全