穏やかな日差しに木々の蕾がほころび始め、季節は移り変わろうとしています。春の足音が聞こえるこのよき日に、ご来賓の方々、保護者の皆様をお迎えして、第5回看護専攻科修了証書授与式を挙行できますことは大きな喜びです。54名の卒業生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。保護者の皆様、卒業という節目の日を迎えられたことを、心からお祝い申し上げます。
今、みなさんが手にされた修了証書は、5年間のたゆまぬ努力の証です。名前の横には生年月日が記されています。その日、あなた方は、たくさんの愛情に包まれて生まれ、人生を歩み出しました。そして15歳で看護師になる夢を携え、大阪暁光高校に入学しました。幾重もの試練があったことでしょう。看護師の道を諦めかけた人もいるでしょう。本日、全ての教育課程を修了します。初志を貫かれたみなさんに深い敬意を表し、心より称賛の拍手を送ります。
親愛なる5期生のみなさん。私が最後に授業を担当した思い入れがある学年なのでこう呼ばせて頂きます。みなさんは入学当初から、明るく活発で、発問にどんどん答えてくれるので授業に行くのが楽しみでした。私の生涯最高の授業は、みなさんと考えた「正長の土一揆」のお地蔵さんに刻まれた文字の授業です。
1年生の時はまだまだ未熟で、「人に寄り添う」とは真逆の言動もあり、「看護師として大丈夫なんだろうか…」と心配したものです。あれから5年、担当患者を考察した先日の卒業研究で、みなさんが大きく成長された姿を目の当たりにしました。報告・質問・評価の水準が高く、自らの看護を振り返る真摯な姿勢に圧倒されました。
「目を合わせてもらえない」「手を振り払われた」「不機嫌にさせてしまった」など、患者の負の反応に戸惑いながら、背後に何があるのかを考える。「『面倒臭いからいい』は、自尊心を傷つけないための自己防衛ではないか」「独居の孤独が『あなたの手は綺麗やね。私の手はだめ。長く生き過ぎた…』とこぼさせたのではないか」と、患者の真意を汲み取れなかった自分を悔い、座る位置、声かけの一つ一つがどうだったか振り返る。改善する。そしてまた新たな壁にぶつかっていく。 私には看護は「挑戦」の連続として映りました。患者と関わる中で、みなさんが大きく成長してこられたことを知りました。
コロナ禍の2年間の専攻科の学びは大変だったと思います。看護学生であるがゆえに、日常生活にも自粛を求めました。急遽学内実習に変更したこともあります。しかし、限られた条件の中でも、みなさんは患者役を互いに演じながら学び合いました。
看護師国家試験の学習。やってやっても結果が出なくて心が折れかけていた時、諦めずに頑張り続けることができたのは、『全員で絶対合格するぞ』という雰囲気と、友達から貰ったアドバイスがあったからだとSさんは言いました。Tさんは試験当日、「みんながいたからここまで来れた」という思いが湧き上がり、問題用紙が配られた時に涙が出てきたそうです。コロナ禍で迎えた2021年度看護師国家試験は、みなさんにとって仲間と共に困難を乗り越え、奇跡を起こした日となるでしょう。
今世界では、かけがえのない命が奪われています。
昭和の詩人、川崎洋さんの『存在』という作品があります。
魚と言うな 「しびれえい」と言え、「ぶり」と言え
樹木と言うな 「かしの木」と言え、「つるばみの木」と言え
鳥と言うな 「もず」と言え、「ほおじろ」と言え
花と言うな 「すずらん」と言え、「おにゆり」と言え
二人死亡と言うな 「太郎」と「花子」が死んだ!と言え
亡くなった一人ひとりに名前があり、これまで歩んできた人生があります。76年前、多大な犠牲の上に人類が辿り着いた平和の原則が 蹂躙されている最中に命を守る看護師として、医療に従事されるみなさん、目の前の患者と向き合うと共に、広く社会の動きにも関心を注げる看護師になってください。平和と民主主義を希求する教育理念を持つ千代田学園の卒業生として。パンデミックによる苦難はまだ続くでしょうが、本校で身に着けた知識と技術、培われた人間愛を持って医療の第一線で活躍されることを期待します。
いよいよお別れの時が来ました。この先、何か困ったことがあれば大阪暁光高校を訪ねて来てください。この学校はいつまでもあなたの母校です。みなさんの前途が明るく幸多からんことを祈ります。
最後になりましたが、保護者の皆様には、立派に成長し巣立っていくお子様の姿を見られ、喜びもひとしおのことと存じます。この5年間、至らぬ点も多々あったと存じますが、本校の教育活動に絶大なるご理解ご協力を賜りましたことに、心より感謝を申し上げ、私の式辞といたします。
みなさんと共に過ごした5年間は、私達にとってもかけがえのない時間でした。
ありがとう。そして、お元気で。